ボートレースダービーとは?

選考基準

 先出場選手と勝率上位選手の合計52名で争われる狭き門。
 今年の選考期間は、2017年8月1日から2018年7月31日までの一年間です。この期間のアベレージを「ダービー勝率」と呼びます。

 出順位は、前年度の優勝者、前年度のSGグランプリファイナリスト、直前SG(ボートレースメモリアル・まるがめ)の優勝者とダービー勝率の上位選手です。勝率が同率だった場合は、着順点の多い選手が上になります。
 もちろん、A1級であること、選考期間内の出走回数が160走以上なことは必須条件。ただし、優先出場選手は除きます。
 昨年(締め切り時点)の出場ボーダーは7.15。その後、7.12で予備2位だった田口節子が繰り上がりで出場権を獲得しました。ちなみに、一昨年のボーダーは7.24、3年前は7.30でした。

歴史と
優勝戦の
決まり手

 ートレース界で最も古く、今年で65回目を迎える伝統と格式を持つ大会。1953年11月に若松で第1回大会が開催されました。当時は8艇で行われ、優勝賞金は20万円でした。初代チャンプは友永慶近。決まり手は「恵まれ」でした。夏や春に行われた年もありましたが、ここ半世紀ほどは秋のSGとして定着しています。
 現在の優勝賞金は3500万円。GRANDE5(SG5大競走を制すると3億円相当のインゴットを贈呈)の対象レースで、表彰式では③着までに入った選手に、それぞれ金・銀・銅のメダルが贈られます。

 多優勝は今村豊と瓜生正義の3V。今村は1984年にオールスター(浜名湖)でSG初タイトルをゲット。3年後に初のダービー王に輝きました。その後は僅か4年の間に3度も頂点に立っています。
 瓜生は2010年(桐生)、2013年(平和島)、2016年(福岡)と3年周期で勝っています。

 覇を達成したのは、1987年(平和島)、1988年(多摩川)の今村豊。長い歴史を誇るダービーですが、連覇を成し遂げたのは当時「プリンス」と呼ばれた今村のみです。

 ービーはニューヒーローが生まれるシーンが多く、1992年の平和島大会では、当時21歳9か月の服部幸男が6コースから電光石火のまくり差し。今村豊の持つSG最年少Vの記録を更新しました。その後も、1996年(福岡)の上瀧和則を皮切りに、翌1997年(からつ)の山崎智也、1998年(福岡)の濱野谷憲吾など、後にSGを複数回勝つ選手の出世レースになっていました。この1996年から2002年(平和島)の原田幸哉までの7年間は、全て「SG初制覇」でした。
 近年も4年前(とこなめ)の仲口博崇、3年前(浜名湖)の守田俊介、昨年(平和島)の深川真二がSG初タイトルをゲット。今年も初めてダービージャケットに袖を通す選手が誕生するかもしれません。

 後に優勝戦の決まり手は、過去10年間でイン逃げが最多の6本ですが、差しが3本と健闘。まくりはなく、抜きが1本でした。そこからさかのぼった10年間は、イン逃げが5本、まくりとまくり差しが2本ずつ、抜きが1本でした。更にさかのぼった10年間は、まくり差しが最多の4本、まくりと差しが2本ずつ、逃げと抜きは1本ずつでした。

 20世紀まではバラエティーに富んだ決まり手が出現していましたが、21世紀に入ってからはインコースが断然の存在。枠なり全盛、モーター性能の上昇、優勝戦の枠番が得点率上位選手から内枠に並ぶようになったなど、全ての条件がイン有利に拍車をかけています。

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